2013年04月02日

事件の概要

 2001年1月、仙台の「北陵クリニック」の准看護師だった守大助さん(29)は、A子さん(11)の急変に関し殺人未遂容疑で逮捕・起訴され、その後1人殺人、3人の殺人未遂容疑と、計5件で逮捕・起訴が繰り返されました。
 本件は、当初守さんが犯行を認めたということで、准看護師の立場を利用し、仕事の不満を解消するために、約20人の患者の点滴に筋弛緩剤を混入し、約10人を殺害したとされ、前代未聞の凶悪犯罪として、当時のメディアを騒がせました。しかし守さんは逮捕から3日後に否認に転じ、その後は一貫して無実の主張を貫いています。
 2004年3月に一審(仙台地裁)で無期懲役の判決がだされ、二審(仙台高裁)では弁護側の証人、証拠、鑑定請求が却下され、被告人質問も認められないまま結審し、2006年3月に控訴棄却の判決となりました。
 弁護団は即日上告しましたが、2008年2月に上告棄却となり、無期懲役刑が確定してしまいました。
 その後、2012年2月に再審請求申立書を仙台地裁へ提出し、今に至っています。


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私たちの主張 3つのポイント

1.科捜研の鑑定はデタラメ!
 判決では、患者から採取した血液や尿から筋弛緩剤(マスキュラックス)が検出されたとしていますが、鑑定をした大阪府警科学捜査研究所のデータは「化学分析」の名に値しないデタラメなもので、とうてい信用できるものではありません。
 特に、マスキュラックスの主成分であるベクロニウムが検出されたとする、m/z258なる物質はべクロニウムでないことが、前東京薬科大学教授の志田保夫氏の実験で今回明らかになり、再審の新証拠として提出されました。


2.患者の急変は筋弛緩剤の薬効と異なる!
 判決では、患者の急変や死亡は筋弛緩剤を点滴溶液に混ぜて呼吸障害や意識障害を起させて殺人や殺人未遂を起したとしていますが、実際の症状は筋弛緩剤投与の症状と異なり、担当医も筋弛緩剤など全く疑うことなく、それぞれ他の病気であると診断しているのです。
 再審請求書の新証拠としてこの度出された長崎大学の池田正行教授の意見書によれば、最初の逮捕容疑となったA子さんの急変について、筋弛緩剤では説明できず、それはミトコンドリア病であると、多くの文献を上げて明確に指摘しています。
 また、池田教授が全国の1000人近い臨床医にアンケートをとったところ、99.8%の医師が筋弛緩剤の作用ではないと回答したのです。


3.守大助さんは事件と無関係!
 仮に、死亡や急変が筋弛緩剤投与によるものであったとしても、守大助さんがそれをやったという証拠は皆無なのです。目撃者がいたとか、指紋や何かの痕跡があったわけでもありません。判決は、混入させることが出来たのは彼しかいないという検証もできず「推認される」「思われる」などという推定で、いとも簡単に守大助さんが筋弛緩剤を混入したと断定してしまっているのです。
 また、判決では当初「自白」したことを有罪の根拠に上げていますが、大助さんは「警察に言われるままに、うなずいたり返事をしたら調書で認めたことになっていたので、自分は自白した覚えはない」と言っています。


posted by mori-daisuke at 18:17| 事件の概要 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幻の事件 −事件はなかった!−

 本件は、一人の殺人、四人の殺人未遂とのことですが、守大助さんが逮捕されるまで、病院関係者の誰一人、そのような凶悪事件が病院内で起きているなど、考えもしませんでした。そのような異常なことは何一つなかったからです。
 患者の急変が多いといっても、それらは担当医がそれぞれ病名や原因を特定しており、事件性はありませんでした。
 しかし、北陵クリニックから、仙台市立病院への緊急搬送が多かった事から、東北大学の法医学者が警察に何かあるのではないかと通報したのを契機に、宮城県警が当初から事件として捜査を始め、積極的に夜勤を引き受けた守大助さんに白羽の矢が立てられたのでした。
 弁護団は、急変に事件性が無い事から、守さんの逮捕から始まったこの事件は、「まぼろしである」と明言しています。
 検察は、守さんが犯人らしいという「状況証拠」を裁判になって沢山出して来ましたが、その内容は誰にもあるごく普通の言動でなのです。それをあたかも異常であるかのように描き出しているに過ぎません。


posted by mori-daisuke at 18:12| 事件の概要 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上告棄却(有罪確定)までの経緯


1991年
 10月 医療法人・社団陵泉会 北陵クリニック設立

1997年
 7月 リストラで薬剤師退職。以後、薬剤師不在

1999年
 2月 守大助さん入職。1999年度、病院の負債額13億6000万円。税金滞納で土地、建物、差し押さえられる

2000年
 2月2日 女児(1)急変、回復
 4月 救急措置ができる医師が退職。以後、救急措置ができる医師は不在となる
 10月31日 A子さん(11)急変、重症
 11月13日 男児(4)急変、回復
 11月24日 S子さん(89)急変、死亡、 男性(45)急変、回復
 12月4日 守大助さんが(半田教授の要請に応じ)北陵クリニックを退職。夜に忘れ物を取りにクリニックへ行った際、宮城県警警部補から、後に問題となる赤い針箱の件で職務質問を受ける。

2001年
 1月6日 宮城県警が守大助さん他2名の北陵クリニック職員を任意同行で取り調べ。警察官の誘導で作成された「反省文」が「自白」とされる。A子さん(11)の殺人未遂容疑で逮捕
 1月9日 守大助さんが否認に転じる。
 1月26日 S子さん(89)に対する殺人容疑で再逮捕。
 2月16日 女児(1)に対する殺人未遂容疑で再逮捕。
 3月9日 男性(45)に対する殺人未遂容疑で再逮捕。
 3月15日 北陵クリニック閉鎖
 3月30日 男児(4)に対する殺人未遂容疑で再逮捕。
 6月 守大助さん、阿部弁護士共著「僕はやってない!」出版
 7月11日 仙台地裁で初公判
 9月24日 仙台弁護士会が地検、県警、拘置所へ人権侵害の警告・勧告書。

2003年
 11月18日 仙台弁護士会が大手新聞4社に対し、守さん逮捕当時の犯人視報道その他について勧告書を提出。
 18,25,28日 150回の公判を経て検察側が論告求刑公判で無期懲役を求刑。

2004年
 2月9,10日 最終弁論で弁護側が無罪を主張。
 3月30日 仙台地裁が無期懲役の判決(畑中英明裁判長)。弁護側即日控訴。

2005年
 3月31日 弁護側が控訴趣意書提出
 6月15日 仙台高裁で控訴審初公判。
 7月29日 守大助さんの接見禁止がようやく解除。
 10月5日 仙台高裁が第4回公判で弁護側の鑑定請求を却下、証拠開示も勧告しないとして結審。

2006年
 3月22日 仙台高裁が控訴棄却の判決(田中亮一裁判長)。弁護側即日上告。
 12月 弁護団が上告趣意書を提出。

 5月 弁護団が上告趣意補充書(1)を提出。
 6月 弁護団が上告趣意補充書(2)を提出。
 8月 最高検察庁が「答弁書」を提出。(弁護側上告趣意への反論)
 11月 弁護団が上告趣意補充書(3)を提出。
 11月 弁護団が上告趣意補充書(4)を提出。

2008年
 2月25日 最高裁上告棄却(藤田宙靖裁判長)、無期懲役確定

posted by mori-daisuke at 17:38| 事件の概要 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする